思い出の写真大募集
結果発表
創立80周年記念事業「80年の絆をあなたとの思い出で紡ぐ 思い出の写真 大募集」に、
たくさんのご応募をいただき、誠にありがとうございました。
皆さまから寄せられた作品は、ご家族との思い出や愛車との大切な時間、心温まるエピソードなど、
一つひとつにかけがえのない物語が詰まっており、審査員一同、楽しく拝見させていただきました。
今回は 244件・422枚 の写真をご応募いただき、
多くの皆さまにご参加いただくことができました。
ご応募くださった皆さまに、心より感謝申し上げます。
厳正なる審査の結果、受賞作品が決定しましたので発表いたします。
受賞された皆さま、誠におめでとうございます。
審査委員
・伊東写真館 伊東 一平 様
・株式会社 下野新聞社 会長 若菜 英晴 様
・株式会社 ファンタスティックモーション クリエイティブ・ディレクター HiRo 様
・トヨタ自動車株式会社 日本地域営業部 関東営業部 地区担当員 中村 崇 様
■審査委員長
・栃木トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長 新井 孝則
入賞作品のご紹介
五味渕 秀郎 様
1983 年│マークⅡ
1983 年│マークⅡ
ディーラーの椅子に座ってると、コップに入った紫色のジュースを出してもらい飲んでみると、今思えばファンタグレープで、更に風船まで貰ってピカピカの新車の助手席に。
デジタコがグワングワン動くのを見て、物凄い未来感を感じて興奮したのを今でも鮮明に覚えてます。
それから自分の好きな場所に色々連れてってもらった事もよく覚えてます。
自分が18で上京し、長い間実家に寄りもしなかったのですが、25歳の頃に理由あって実家に帰ると、まだ同じマークIIを乗り続けていた父親。
無頓着なのかあまりキレイな状態ではなかったので、それからは自分が洗車したりメンテをし続けました。
それこそ20年前は、古い、ダサい、と言われたりもしたのですが、マニュアル車が好きなのと、やはり父親との思い出が強く夜な夜な勝手に乗り回しながら自分用のマークIIを探し始めるも、散々な言われようなのになかなかの金額……
不人気車ならもっと時間経てば安くなるだろ♪と高をくくっていたのですが……
時は過ぎ、父親が何の前触れも無く突然の他界。
しかし今日まで乗り換える事もせず、全くイジる事もせず、純正のまま乗り続けてきてくれた父親との思い出の車
もう1台のマークIIを探し続けて10年以上、まさかこんなカタチで自分のモノになるとは人生は皮肉なものです。
1度、大雨により半分水没してしまい、シートを全部取っ払って自分でシートクリーニングをすると、当時の検査員のハンコが押してあるのを発見
もし可能ならお会いして、今でも、そしてこれからも乗り続ける事をお伝えしたいのと、感謝を直接お伝え出来れば嬉しいです。
父親が新車で買って既に43年、よく見ればそこかしこに打痕や傷はあるものの、かなり状態が良いのがとにかく自慢、そして遺してくれた父親に多大なる感謝。
どこか行く度に、幼い自分をあちこち連れてってくれた車が、まさか自分が運転するとはあの時に思いもせず、今度は父親を乗せてる気分になり、当時、デジタコに未来を感じた遥かその先にいる事がとても不思議に思います。
2026年│RAV4
長女が生まれ、壊れ物を運ぶようにドキドキしながら病院から初めて我が家へ連れて帰った日。次女が生まれ、車内がさらに賑やかになった日々。泣き声が響く日も、静かな寝顔の帰り道も、すべての景色がこの車との大切な思い出です。
気づけば家族は4人になり、子どもたちもこんなに大きくなりました。
新しいRAV4へとバトンタッチする前に、これまでの「ありがとう」の気持ちを込めて、家族全員でセルフタイマーを押して残した、我が家にとってかけがえのない一枚です。
1960年代│クラウン
父は、免許を取得したその日からクラウンのオーナーとなり、以来、私は生まれた時からクラウンに囲まれて育ちました。幼少期の私の記憶には、いつもその堂々とした車体が存在していました。
父のクラウンへの愛は尋常ではなく、クラウンがモデルチェンジするたびに新しいモデルに買い替えていました。新型が発表される前などは、母に内緒でセールスマンから情報を得て、すでに購入の段取りをしていたほどです。父のセールスマンへ伝える口癖は、「買うことは誰にも言うな」と「1号車で納車してくれ」でした。これが父のクラウンへのこだわりであり、彼の楽しみ方でした。
新型クラウンの発表時には、夫婦で身なりを整えお店へ出向き注文するのが恒例行事で、息子の私も度々その場に同行しました。その瞬間は、家族の記憶として深く刻まれています。
そして、私が1歳の頃に撮られた写真があります。父が誇らしげにクラウンの横に立ち、私を抱きしめながら撮ったその写真は、彼のクラウン愛と家族への愛情を象徴するものとなっています。この写真を見返すたびに、父のクラウンへの深い愛とその愛情に支えられて育った私の幼少期を思い出します。
2020年頃│エスティマ
元々トヨタ車(カローラFX、NOAHやシエンタなど)を乗り続けてきた父と母で私たちが学生の時に自転車や部活の送迎でたくさん乗せることができる車がいいということでエスティマが家族になりました。
2番目の兄は大学1年の時に免許を取りこのエスティマを1度運転し家族をのせてドライブを楽しむことができたそうです。しかし、9月に不慮の事故で他界してしまいもう一度運転することは叶いませんでした。
その後私も高校卒業時に免許を取り、エスティマを運転。家族全員が運転したエスティマ。色んなところへ連れて行ってくれてたくさんの思い出を作ってくれた家族です。ありがとう。
2014年~│ハイエース
カイが小学2年の時、ハイエースが我が家にやってきた。
納車され、改めて車を見て思った。
「これはマズイこととになるぞ・・・」
ただでさえ週末は家族で寝る暇削って遊び倒すのに、こんな車が来たらどうなってしまうんだ?
どうなってしまったかというと、年末年始、お盆、GW長い休みを利用して日本中を走りまわり、カイが小学生のうちに沖縄以外の46都道府県準制覇。そのせいでカイは先生に怒られてしまったというわけだ。
その後も日本2週目突入。部活で忙しくなったり、高校は寮生活だったり、進学で県外に出たりで途中からは夫婦2人旅になったが、子供の成長を見守りながら、同時に親の老化も支えながら、走りに走ること18年間で29万キロ。いよいよその愛車を手放さなくてはならない日がやってきた。
最後にお礼を言いながら、そして必死に涙をこらえながらきれいに洗った。
時には朝日を浴びながら海岸線を、時には満月を見ながら真っ暗な山道を、満開の桜並木で花びらをまといながら、紅葉を車体に映しながら、横殴りの嵐に向かって、ホワイトアウトの吹雪の中、切り返さなければ曲がれない酷道を走った。数えきれないくらい車で泊まり、釣った魚を料理して食べ、反抗期のカイを乗せ、妻とカープの大逆転負けを聞き、一人でボン・ジョヴィをシャウトしながら・・・あー、思い出が止まらない。
洗車を終え家に帰ると、新しいオーナーが車を取りに来ていたのでカギを渡し、こう告げた。
「色々ガタがきてるから、ちゃんとメンテナンスするんだぞ」
オーナーが嬉しそうに答える
「わかってるよ」
新しいオーナーは、息子のカイ。
そしてきれいになったハイエースの隣には、真新しい2代目ハイエースが納車されている。
かなり酷使するけど、長い付き合いになると思うからよろしく頼むよ。
ボンネットを触りながらそう言った2週間後、広島⇔静岡を往復させたのだった。
2代目は思っただろうな、
「ヤッべー家に来ちまったな・・・」
思いっきり遊ぼうぜ、一緒に。
1972年│セリカ
ドライブの日曜日が待ちきれず、父親の帰宅を待ち遠しく待ち、家の駐車場で助手席に乗り込みました。
父親は早く家に入りたかったかもしれません。
2023年│ハイラックス サーフ
友達と夜通し走った帰り道も、目的もなく流したドライブも、嬉しい日も悔しい日も。
振り返れば、青春の時間はいつもこの車と一緒でした。
気づけば16年。走行距離は185,000km。本当にたくさんの景色を、この車と見てきました。
最後の旅に選んだ場所は、千里浜なぎさドライブウェイ。出発前に、これまでの感謝を込めて丁寧に洗車をしました。
波の音を聞きながら砂浜を走る時間。車を止めて海を眺めながら、「いろんな場所へ連れて行ってくれてありがとう」と、心の中でつぶやいたのを覚えています。
あれから時が流れ、今は家族ができて、父から譲り受けたウィッシュに乗っています。
人生の景色は少し変わりましたが、車と過ごす時間の楽しさを教えてくれたのは、あの一台でした。
青春を一緒に走ったトヨタ。
そしてこれからは、家族の思い出を乗せて走るトヨタ。きっと次に迎える新しい一台も
またトヨタと一緒に、人生の続きを走っていきます。
2023年│ランドクルーザー60
そしてあるキャンプイベントで見たランドクルーザー60に夫婦揃って一目惚れし、車屋さんに見に行ったところ、たまたま前オーナーが手放したばかりでまだ売りに出てないランドクルーザー60がいました。
それが現在の愛車のランドクルーザー60です。
これは運命だと思い、購入を決断しました。
それから私たちのアウトドアライフに欠かせない相棒となり、一緒にたくさんの思い出を作ってきました。
一番思い出に残っていて、遠くまで一緒に旅をしたのは、新婚旅行で行った北海道です。
ランドクルーザー60でキャンプをしながら北海道を旅したのがとても良い思い出です。
これからも、たくさんの素敵な思い出を一緒に残していきたいと思います。
1993年・2020年│ランドクルーザー80
当時は息子生後5ヶ月。
ランドクルーザー80と共に成長した息子が父親になりました。
1980年│ライトエース
何せ、何処か出かける際、洗車のお手伝いをしないと連れて行って貰えないのでピカピカなはずです。ディズニーランドも、富士山の弾丸登山も、青森のねぶたも、皆この車で車中泊しながら行きました。カーテンも付いていたので、海での着替えには大いに助かりました。
その後も父はずっとトヨタ車を乗り継ぎ、一昨年免許返納と共に、最後の車もトヨタさんに引き取ってもらいました。半世紀以上に渡り無事故無違反です。
そして、今度は私が昨年からトヨタ車を乗ることにしました。今の所私も30年、無事故無違反です。
これからは私が永いお付き合いを…とおもっています。
子供の頃、楽しい思い出を作ることの出来たこの車に出会えてよかったです。
ちなみに…ライトエースは2列目を新幹線の様に後向きに半回転させる事をができたので、父は運転、後部座席では向かい合わせの座席でみんな宴会の様におしゃべりしたり、お菓子を食べながら移動できました。今となっては幻の様です。シートベルトも当日義務化では無いので、走行中、自由に車中を行き来して、弟と追いかけっこまがいの事もできました。
本当に楽しい思い出をありがとうございました。
1960年代│クラウン
幼少の頃から車が好きだったらしく、車でのお出かけが大好きでした。
審査委員総評
今回お送りいただきました「トヨタとの思い出の写真」には、一枚一枚の写真とエピソードに、それぞれの人生や家族との時間、そして愛車とともに歩んできたかけがえのない思い出が詰まっていました。
審査では、写真の美しさだけでなく、その一枚に込められた物語や想いを大切にしながら選考を行いました。応募作品からは、クルマが単なる移動手段ではなく、人生に寄り添う「伴走者」であり、世代を超えて受け継がれる家族の絆や、大切な人との時間をつないできた存在であることが強く伝わってきました。
写真は、過去の一瞬を切り取るだけではなく、その時の景色や感情、家族との会話まで鮮やかによみがえらせてくれる力があります。エピソードとともに作品を拝見することで、一枚の写真がより立体的に感じられ、まるでその場にいるかのような温かさに包まれました。
どの作品も甲乙つけがたい魅力にあふれ、審査は非常に難しいものとなりました。ご応募いただいた皆さまの大切な思い出に触れ、このコンテストが改めて愛車との思い出を振り返るきっかけとなったのであれば、主催者としてこれ以上うれしいことはありません。
心温まる素晴らしい作品をご応募いただき、誠にありがとうございました。

